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いしかわの風土と歴史

風土

白山(白山市)
白山(白山市)
長町武家屋敷跡(金沢市)
長町武家屋敷跡(金沢市)

石川県は、本州のほぼ中央部に位置し、東は富山県と岐阜県に、南は福井県に接し、北は能登半島となって日本海に突き出しています。地形は、南西から北東に向かって細長く、東西100.9㎞、南北198.4km、海岸線は580.6kmの延長を有しています。

能登半島には、断崖や岩礁からなる荒々しい能登外浦と波の静かな能登内浦の対照的な地形が発達しており、白米の千枚田など農山漁村の原風景や多様な生物資源など世界農業遺産に認定された能登の里山里海が広がっています。

加賀は、数多くの動植物が生息する原生林が広範囲にわたり残っており、霊峰白山から流れ出る河川は、人々に豊富な水をもたらし、手取川扇状地や加賀平野が形成され、広大な穀倉地帯が広がっています。

そして、県都金沢には、加賀百万石の歴史と伝統文化が現代に息づいており、歴史の風情が漂う長町武家屋敷群など歴史・文化を伝える街並みが残っています。

歴史

珠洲焼
珠洲焼
九谷焼
九谷焼

ふるさと石川の先人たちは、豊かな自然の恵みを受けながら、さまざまな地域の人々との交流を通じて、独自の歴史と文化を積み重ねてきました。

太古の縄文時代には、真脇(まわき)遺跡などの出土品から、当時の人々が高度な土木技術や漆を利用する知識を持っていたとみられています。古代には、日本列島の東西文化をつなぐ回廊としての役割を担いながら、高句麗や渤海国との交流が盛んな大陸交渉の窓口でもありました。

中世は、白山や石動山が山岳信仰の聖地として仰がれ、真宗門徒らによる加賀一向一揆など、宗教との関わりの中で、人々のエネルギーがみなぎる時代だったと言えます。また、能登では、北海道から関西まで広い地域で流通した珠洲焼が大量に生産されていたほか、京都から多くの文化人が来遊し交流を深めるなど、地方文化の土壌を育んでいました。

江戸時代になると、加賀百万石の城下町金沢は、江戸、大坂、京都に次ぐ人口規模を誇り、大きなにぎわいを見せました。加賀藩の文化奨励政策により、九谷焼や加賀蒔絵(まきえ)、象嵌(ぞうがん)、金箔、友禅など多岐にわたる工芸が発展し、その技と心は現在の「工芸王国石川」へと受け継がれています。また、武家文化は、「加賀宝生(かがほうしょう)」と称される能楽、邦楽などの伝統芸能、茶道や華道に代表される生活文化、さらには豊かな庭園文化を育みました。

明治期以降は、学術の分野で日本を代表する学者や文学者を数多く育て、金沢を中心に培われたこうした高い精神性は、今日の学都石川の礎となっています。

また、県内の各地域において、人の暮らしの中で、長い時間をかけて形づくられてきた里山里海や豊かな食文化などについても、本県独自の文化資源として位置付けることができます。

このように、永い歴史の中で連綿と受け継がれ、発展してきた伝統的な文化に加え、近年では、オーケストラ・アンサンブル金沢をはじめとした新たな文化の創造や金沢城公園の史実に沿った復元整備なども進められており、これらすべてが石川の層の厚い文化を形成しています。